世界各国の関税の課税価格はWTO関税評価協定に基づく各国の国内法令によって決定されます。
輸出品の関税額を見積もる場合や原産地証明において付加価値基準を用いる場合には、WTO関税評価協定を理解しておく必要があります。
目次
- WTO関税評価協定とは
- 関税評価協定の構成
- 第1条 輸入貨物の課税価格決定の原則
- 第2条 同種貨物の価格による決定
- 第3条 類似貨物の取引価格による決定
- 第4条 取引価格により課税価格を決定できない場合の取扱い
- 第5条 輸入国での販売価格に基づく決定
- 第6条 生産原価からの積上げによる課税価格の決定
- 第7条 何れの方法によっても課税価額を決定できない場合
- 第8条 加算要素
WTO関税評価協定とは
WTO関税評価協定は、WTO協定附属書1A(物品の貿易に関する多角的協定)の一部を成す「1994年の関税及び貿易に関する一般協定第七条の実施に関する協定」の略称です。
各国は関税評価協定に基づいて制定された国内法令によって課税価格の決定を行い、輸入時の関税や付加価値税等の内国消費税を課税しています。
WTO協定は、「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(通称:WTO設立協定)」及びその附属書に含まれている協定の集合体です。この協定の「千九百九十四年の関税及び貿易に関する一般協定」には、日本国の譲許表(第38表)他、WTO加盟国各国の譲許表が定められています。
日本ではWTO関税評価協定(以下「関税評価協定」という。)に基づいて関税定率法第4条~第4条の8までに輸入貨物の課税価格の決定方法が規定されています。
関税評価協定においては、協定の解釈・運用等の実務的な事項についてはWCO(世界税関機構)の「関税評価に関する技術委員会」で検討を行うこととなっています。同委員会の採択文書を基とした関税評価事例が税関ホームページに掲載されています(その1、その2)ので参考にして頂ければと考えます。
関税評価協定の構成
関税評価協定は、第1条から第24条までの本文と3つの附属書からなっています。その構成は下記の通りです。
- 第1部 関税評価に関する規則
- 第1条から第8条:輸入貨物の課税価格に関する規則
- 第9条:為替の換算レート
- 第10条:秘密の保護
- 第11条:不服申し立ての権利
- 第12条:法令、行政上の決定の公表
- 第13条:課税価格決定が遅れる場合の輸入貨物の引取
- 第14条:附属書の役割り
- 第15条:用語の定義
- 第16条:課税価格決定方法についての書面での受け取りの権利
- 第17条:関税当局の課税価格決定の権利
- 第2部 運用、協議及び紛争解決
- 第18条:関税評価委員会(WTO)及び技術委員会(WCO)
- 第19条:協議及び紛争解決
- 第3部 特別のかつ異なる待遇
- 第20条:開発途上加盟国に対する適用の延期及び技術援助
- 第4部 最終規定
- 第21条から第24条:条約の運用及び協定の事務局を定める。
- 附属書1 解釈のための注釈
第1条から第15条までの用語及び規定に関する注釈が書かれています。 - 附属書2 関税評価に関する技術委員会
世界税関機構(WCO)に設置する「関税評価に関する技術委員会」の運営に関する規則が書かれています。関税協力理事会は世界税関機構(WCO)の正式名称です。 - 附属書3
関税評価協定のうち、輸入貨物の課税価格に関する規則を定めた、第1条から第8条までの規則の内容を見ていきたいと思います。
第1条 輸入貨物の課税価格決定の原則
現実支払価格
第1条第1項の規定により、輸入貨物の課税価格は、原則としてその取引価格となります。
輸入貨物が輸出のために販売された場合に現実に支払われた又は支払われるべき価格を「現実支払価格」と呼んでます。関税課税の基礎となる課税価格は、現実支払価格に第8条に規定する加算すべき要素(以下、「加算要素」という。)がある場合には下記の通りとなります。

現実支払価格に関する注釈
一般的に、インボイス価格が現実支払価格となることが多いですが、輸入取引を開始するにあたって別途費用を支払っている場合や、売手が負っている債務を差引いて売買価格を決定した場合には、調整前の価格が現実支払価格となります。
関税評価協定附属書1の注釈では、「現実支払価格」について以下のような注釈が設けられています。
現実に支払われた又は支払われるべき価格とは、輸入貨物につき、売手に対し又は売手のために、買手により行われた又は行われるべき支払の総額をいう。支払は、必ずしも金銭の移転によるものであることを要しない。支払は、信用状又は譲渡可能な証書で行うことができる。支払は、直接的なものであるか間接的なものであるかを問わない。間接的な支払の例としては、売手が負っている債務の全部又は一部を買手が弁済することが挙げられる。
買手が自己のために行う活動のうち第八条に規定する調整の対象となる活動以外の活動に係る支払は、売手の利益になると認められる活動に係るものであっても、売手に対する間接的な支払とはみなされない。したがって、そのような活動に係る費用は、課税価額の決定に当たり、現実に支払われた又は支払われるべき価格に加算しない。
次の費用は、課税価額に含めない。ただし、輸入貨物につき現実に支払われた又は支払われるべき価格と区別されない場合は、この限りでない。
工業用プラント、機械又は設備等の輸入貨物の輸入の後に行われる建設、組立て、整備又は技術援助に係る費用
輸入後の輸送費
輸入国の関税その他の租税
現実に支払われた又は支払われるべき価格は、輸入貨物に係る価格をいい、買手による売手への配当金の移転その他の支払であって輸入貨物と関係のないものは、課税価額には含まれない。
取引価格を現実支払価格とする条件
原則として輸出入取引における売買価格が現実支払価格となりますが、売買取引や貨物の処分等に制限がある場合には、取引価格は現実支払価格であるとは認められません。
これらは、次の場合が該当します。
- 買手による輸入貨物の処分について何らかの制限が付いている場合
- 輸入貨物の販売価格に制限が付いている場合
- 買手による輸入貨物の再販売や使用による収益が、直接、間接を問わず売手に帰属する場合
- 売手、買手の間が親子会社間等、特殊関係にあり、売買価格が影響を受けている場合
輸入貨物の課税価額は、輸入貨物の取引価額、すなわち、貨物が輸入国への輸出のために販売された場合に現実に支払われた又は支払われるべき価格に第八条の規定による調整を加えた額とする。ただし、次のことを条件とする。
- 買手による輸入貨物の処分又は使用につき、次の制限以外の制限がないこと。
- 法令又は当局により輸入国において課され又は要求される制限
- 輸入貨物の再販売が認められる地域についての制限
- 輸入貨物の価格に実質的な影響を与えない制限
- 輸入貨物の販売又は価格に関して輸入貨物の課税価額の決定を不可能とする条件が付されていないこと。
- 買手による輸入貨物の再販売、処分又は使用により得られる収益のいかなる部分も、直接的であるか間接的であるかを問わず、売手に帰属しないこと(第八条の規定により適切に調整を加えることができる場合を除く。)。
- 売手と買手とが特殊の関係にないこと又は、売手と買手とが特殊の関係にある場合には、輸入貨物の取引価額が2の規定により関税評価上受諾可能なものであること。
第1条第1項
特殊関係にある輸出入者間の取引の課税価格
第1条第2項には特殊関係にある者同士の取引価格の決定方法が規定されています。
特殊関係があることのみを持って、第1項に定める現実支払価格が採用されない訳ではありません。特殊関係にあることが取引価格に影響を及ぼしていない場合には、輸出入者間で取り決めた価格が現実支払価格となります。
- 輸入貨物の取引価額が第1項の規定の適用上受諾可能なものであるかないかを決定するに当たっては、売手と買手とが第十五条に定める特殊の関係にあるとの事実のみによって、当該取引価額を受諾できないものとみなしてはならない。そのような事実がある場合には、輸出のための販売に係る状況について検討が行われるものとし、その特殊の関係が輸入貨物の価格に影響を及ぼしていない場合には、当該取引価額が受諾される。関税当局は、輸入者によって提供される情報に照らし又は他の方法により、当該特殊の関係が輸入貨物の価格に影響を及ぼしているとの心証を得た場合には、その理由を輸入者に通知するものとし、また、輸入者は、通知について意見を述べるための適当な機会が与えられる。輸入者が要請する場合には、理由の通知は、書面で行う。
- 特殊の関係にある者の間で輸出のための販売が行われた場合において、輸入貨物の取引価額が次の価額(当該輸入貨物の輸出と同時又はほぼ同時に輸出された貨物であって評価がされたものの価額に限る。)のいずれかに近似していることを輸入者が立証したときは、輸入貨物の取引価額が受諾されるものとし、第1項の規定により輸入貨物の評価がされる。
- 輸入貨物の輸入国への輸出のために同種貨物又は類似貨物が特殊の関係にない買手に販売された場合におけるこれらの取引価額
- 第五条の規定により決定された同種貨物又は類似貨物の課税価額
- 第六条の規定により決定された同種貨物又は類似貨物の課税価額
この検証を行うに当たっては、取引段階、取引数量及び第八条に規定する要素のほか、特殊の関係にある売手と買手との間の販売にあっては売手により負担されないが、特殊の関係にない売手と買手との間の販売にあっては売手により負担される費用に関する立証された差異に妥当な考慮を払う。
- b.に規定する検証は、輸入者の申出により、価額の比較のためにのみ行われるべきものであって、検証価額を課税価額としてはならない。
「特殊関係にあるとされる者」の定義
「特殊関係にあるとされる者」とは、第15条第4項に次のように規定されています。
この協定の適用上、特殊の関係にあるとされる者は、次のいずれかの場合の両者とする。
- 両者が相互にそれぞれの事業に係る取締役その他の役員となっている場合
- 両者がその行う事業の法的に認められた共同経営者である場合
- 両者が雇用者と被用者の関係にある場合
- 両者の事業に係る議決権を伴う社外株式のそれぞれ五パーセント以上が、いずれかの者によって直接又は間接に所有され、管理され又は所持されている場合
- 両者のいずれか一方の者が他方の者を直接又は間接に支配している場合
- 両者が同一の第三者によって直接又は間接に支配されている場合
- 両者が共同して同一の第三者を直接又は間接に支配している場合
- 両者が同一家族の構成員である場合
第1条第2項
第2条 同種貨物の価格による決定
第1条の規定により輸入貨物の課税価格を決定することが出来ない場合には、輸入貨物の輸入国への輸出のために販売され、かつ、当該輸入貨物の輸出と同時又はほぼ同時に輸出された同種貨物の取引価額を課税価格とします。
第3条 類似貨物の取引価格による決定
第1条及び第2条の規定により輸入貨物の課税価格を決定することが出来ない場合には、輸入貨物の課税価額は、輸入貨物の輸入国への輸出のために販売され、かつ、当該輸入貨物の輸出と同時又はほぼ同時に輸出された類似貨物の取引価額が課税価格となります。
第4条 取引価格により課税価格を決定できない場合の取扱い
前条までの規定により価格を決定することが出来ない場合には、第5条の規定により決定します。第5条の規定により決定できない場合には第6条の規定により決定します。輸入者からの要望があれば、第6条の規定を第5条の規定に優先して適用します。
第5条 輸入国での販売価格に基づく決定
輸入貨物、同種貨物、類似貨物が輸入国で販売されれば場合、販売価格から次の各種費用、通常の利潤を控除して決定します。
- 輸入貨物の輸入国における同類貨物の販売に関し、通常支払われ若しくはその支払が合意される手数料又は通常付加される利潤及び一般経費
- 輸入貨物の輸入国において負担される通常の輸送費及び保険に係る費用並びにこれらの関連費用
- 第八条第2項に規定する費用(当該費用の控除を適当と認める場合に限る。)
- 輸入又は国内販売を理由として輸入貨物の輸入国で課される関税及び内国税
第6条 生産原価からの積上げによる課税価格の決定
この条では、生産原価からの積上げの方法により課税価格を決定する方法を規定しています。
課税価格は、次の費用、経費、利潤を積上げることにより算定されます。
- 輸入貨物の生産のために必要とされた材料及び組立てその他の加工に係る費用
- 同類貨物が輸入貨物の輸出国の生産者により輸入国への輸出のために販売される場合において、当該同類貨物の価格に通常含まれる利潤及び一般経費の合計額に相当する額
- その他第八条2の規定により加盟国が採用する関税評価の方式において課税価額に含めるべきすべての費用
課税価格の決定にあたり、輸入国以外の者に対し、商業帳簿その他これに類する記録を検査のために提出し又は開示することを要求し又は強制してはならないことを規定しています。但し、輸入国が課税価格の決定のために生産者により提供された情報について、生産者の同意を得て他の国において確認を行うことを排除するものではありません。
第7条 何れの方法によっても課税価額を決定できない場合
第1条から第7条までの規定により輸入貨物の課税価額を決定できない場合には、この協定及び千九百九十四年のガット第七条の原則並びにこれらの一般規を定に適合する方法により、輸入貨物の輸入国において入手可能なデータに基づいて決定するとされています。
関税定率法では、税関長による課税価格の決定が規定されています。
この価格の決定の際には、以下の価格を用いて決定してはならないとされています。
- 輸入貨物の輸入国において生産された貨物の当該輸入国における販売価格
- 関税評価のために特定の二の価額のうちいずれか大きい方の価額の採用について定める制度
- 輸出国の国内市場における貨物の価格
- 前条に定める方法により同種貨物又は類似貨物について既に決定された積算価額以外の積算による価額
- 輸入貨物の輸入国以外の国への輸出のために販売される貨物の価格
- 最低課税価額
- 恣意的な又は架空の価額
第8条 加算要素
輸入貨物の課税価格の決定にあたり、現実支払価格に加算する費用、経費等が規定されています。
買手により負担されるこれらの費用、経費等の額が現実支払価格に含まれていない場合には、含まれていない限度において次の費用、経費、ロイヤルティー等を加算します。
加算すべき費用
現実支払価格に次の費用・経費が含まれておらず、別途支払っている場合にはこれらの費用・経費を課税価格に加算する必要があります。
- 手数料及び仲介料(買付手数料を除く。)
- 関税評価上輸入貨物と一体を成すものとして取り扱われる容器の費用
- 包装に係る費用(人件費であるか材料費であるかを問わない。)
無償提供材料、設備、役務等
輸入貨物の輸出のための生産及び販売に関連して無償で又は値引きをして直接又は間接に買手により提供された次の物品及び役務の価額を加算します。これらは、当該取引以外にも使用された場合には、適切に案分します。
- 輸入貨物に組み込まれている材料、コンポーネント、部分品及びこれらに類する物
- 輸入貨物の生産に使用された工具、ダイス、鋳型及びこれらに類する物
- 輸入貨物の生産過程で消費された物
- 輸入貨物の生産のために必要とされた技術、考案、工芸、意匠及び設計であって輸入国以外の国において開発されたもの
ライセンス料、ロイヤリティー
輸入貨物に関連のあるロイヤルティ及びライセンス料であって輸入貨物の販売条件として買手が直接又は間接に支払わなければならないものについては、現実支払価格に加算して課税価格を決定します。
売手帰属収益
輸入貨物の再販売、処分又は使用により得られる収益の額であって直接又は間接に売手に帰属するものについては、現実支払価格に加算して課税価格を決定します。
輸入国までの運賃・保険
輸出国から輸入国までの国際輸送に掛かる運賃・保険については、課税価格に含めるか、それとも除外するかは各国が自由に決定できることとなっています。
日本を含め大多数の国では国際輸送に掛かる運賃及び保険は課税価格に含めることとしており、所謂CIF価格が課税標準となります。
米国では、国際輸送に掛かる運賃・保険料を含めずにFOB価格が課税標準となります。