税関記念日と改暦

 11月28日は税関記念日です。明治5年(1872年)に、「運上所」は「税関」と改められ、これを記念して毎年11月28日を税関記念日としています。
 この経緯については、税関ホームページに当時の大蔵省の文書が掲載されています。これを見ると、当時は「運上所」又は「税関」と呼ばれており呼称が統一されていおらず、不都合があることから「税関」に統一するということが書かれています。

 税関に勤務していた時は、何故11月28日という非常に中途半端な日に税関と呼称統一を図ったのか疑問に思っていましたが、ある税関の先輩から税関記念日は改暦と密接な関係があると教わりました。
 下の図を見てください。11月28日は実質的に明治5年の御用納めとなり、年末年始休暇明けの明治6年1月4日から正式に税関が発足したというわけです。(当時は土曜日は開庁しています。)

 明治5年の11月28日はまさに激動の日であったわけです。
 ウィキペディア には、当時の改暦について、次のような記載があります。

 日本では、明治5年に、従来の太陰太陽暦を廃して翌年から太陽暦を採用することが布告された。この布告は年も押し詰まった明治5年11月9日 (旧暦)(新暦1872年12月9日)に公布されたため、社会的な混乱を来した。
 これほど急な新暦導入が行われた理由として、当時参議であった大隈重信の回顧録『大隈伯昔日譚』によれば、政府の財政状況が逼迫していたことが挙げられる。すなわち、「旧暦のままでは明治6年は閏月があるため13か月となる。すると、月給制に移行したばかりの官吏への報酬を1年間に13回支給しなければならない。これに対して、新暦を導入してしまえば閏月はなくなり12か月分の支給ですむ。また、明治5年12月は2日しかないことを理由に支給を免れ、結局11か月分しか給料を支給せずに済ますことができる。」

(ウィキペディアより抜粋)

 当時の官吏は実質的な減俸処分を受けたわけですね。高利貸しも損害を受けたという話も聞いたことがあります。

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